平成時代、急速に発達したIT文化。
情報取得手段は、本からテレビ、そしてネットへと移り変わってきました。電子書籍はあたかも黒船のように例えられ、グーテンベルグから続く活字の出版文化をことごとく破壊してしまうとまで言われていました。
しかし、現在はあまりそのような悲観論は昔ほどないように思われます。
ネットの声があることで、絶版だった書籍が復刻されたりするなどの恩恵もあるからです。しかし、出版業界も、そこに生きる作家も安心していられるわけではないのでしょう。
今回は先日の記事(「電子書籍市場の拡大急成長、その利点」)で参考にした読売新聞2019年5月14日朝刊記事6面の結びでは、電子書籍市場の裏側で隠されがちな作家の真情と、それに付随した動きについても追っています。
電子書籍ユーザーが増えニーズは高まる一方、これを押しとどめる傾向もあります。
紙本よりも発売が遅く、利益回収も後にされやすいので、作家からは敬遠されがち。電子書籍に抵抗感がある作家は電子書籍市場では発売されないのです。作家のなかには、いまだに頑強に紙の出版物にこだわりつづける人も多い。そりゃそうです、頁をめくる動きや、紙の触感や、インクの濃度、しおりを弄んだりしてみないと、読書した気にならない活字愛好家も多いわけですから。
こうした作家の声をうけ、電子版コミックをタブレット端末で読める配信サービスの事業者が、思いきって方針転換。ネット経由で出版できる事業を開始した事業者もいるとのこと。
書店やネットで受注分だけ印刷し、出版費用は1タイトル5000円以内。本の値段は著者が決められ、売上の1割を印税収入とし、残りは印刷代などとして事業者の取り分に。通常の出版社がおこなう自費出版ならば100万円ほどかかるので、これはかなりの格安。あらかじめ、受注数だけ刷るので在庫を抱えなくても済むし、無駄に廃棄される本を増やさなくてもいい。自叙伝に退職金をつぎ込んで出版社にだまされたと嘆く被害者も減るのかもしれません。
このサービスはネットで調べると詳細が判明しました。
東大阪市のデザインエッグ社の「MyISBN」(マイアイエスビーエヌ)というサービス。その名が示すように、ISBNがつくので一般書店でもお取り寄せ可能。自費出版と違って、著者が手売りしなくていい、初期費用が高額でないのが魅力。大学の講義用テキストなどで利用されているとか。デメリットは、著者みずからが完成原稿としてPDF入稿せねばならず、校正もデザイン編集、カバー作成やらも、すべてが自己責任。DTP知識があって版下作成したことがないと難しいのでしょうか。DTPで版組するといえばアドビのイラストレーターやインデザインですが、マイクロソフト社のパワーポイントでも入稿できるようですね。
この「MyISBN」の驚くべきことは、自社に出版権を帰属させないこと。
自費出版した本の権利は完全に著者自身のものに。将来的に大手出版社から出版される場合はこのサービス利用を中止できるという。なんだかずいぶん太っ腹なサービスですが、校正や編集の手間がないことを考えれば妥当なのかも。このサービスならば、必要分だけ増刷できますし、たとえば個人が同人誌として出版したものを作家としてプロデビューしてから、契約先の出版社にて刊行してもらえる可能性もあるわけですね。デザイン次第では作家のオリジナリティを出せるので、かなりおもしろいサービスといえますね。
作家がなぜ紙の本に憧れを抱くのか。
それは、紙の出版にはロイヤリティがあると考えるからなのです。ネットでは誰でも文章を発表できますが、複製されやすく、作家の権威が保護されているわけではありません。「自己の名で」出版されたものは、著作権を世に知らしめる物理的な証拠でもあるためでしょう。
本の形態がどういうものかわからないですが、社内、学内刊行物とか部活サークル、あるいは家族史などのメモリアルとして少数発行する場合や、卒論などの研究を出版してみたい人にはうってつけのサービスなのかもしれませんね。本人は一時的な思い出としてよくても、家族や遺族にとっては負の遺産で断捨離に困るような刊行物もあるわけですが…(苦笑)。
読書の秋だからといって、本が好きだと思うなよ(目次)
本が売れないという叫びがある。しかし、本は買いたくないという抵抗勢力もある。
読者と著者とは、いつも平行線です。悲しいですね。