私ごとで恐縮ですが、数年前、とある士業の合格証書を戴いた時に驚いたことがあります。
当時の大臣の名が、見知らぬ女性になっている。戸籍上の「本名」がそれで、メディアに載るときの氏名は旧姓だったわけです。
読売新聞の名物コーナー「人生案内」に平成時代に寄せられた内容を振り返る特集が、今年6月あたりに組まれていました。家族や友人、恋人、ご近所づきあい、職場トラブル。人生には悩みがつきものですが、特に注目したのが6月23日付け朝刊の、「夫婦の姓 悩み根深く」という記事。
日本における非婚、晩婚、少子化が問題視されていますが、その一因とされているのが、夫婦の姓問題。
現在の民法では、夫婦同姓が定められています。驚くべきことに96パーセントの夫婦は夫側の姓。多くの女性が結婚を機に改姓を強いられている現状。仕事上は旧姓で通していても、運転免許証や健康保険証、年金手帳、預金通帳、そのほか公的書類などは改姓しておかねばなりません。資格の登録証や、持ち家があったり事業主ならば不動産、法人登記の名義変更も余儀なくされてしまう。日本は世界に類を見ず、戸籍制度が整っていて、係累を辿るのに重宝されているからです。
夫の扶養家族でもなく生活費も割り勘なのに、「嫁」という扱いをされるのが腑に落ちず、離婚まで考えてしまうというキャリア女性。また、旧家の姉妹に生まれたが婿取りに気乗りしないという女性。自分が学歴や仕事で努力していないのに、相手親の資産やキャリア女性にただ乗りして人生逆転狙いたいという、ふとどきな男性もいないではない。そんな相談が「人生案内」に寄せられています。女性だけではなく、名家に婿入りしたが、自己のアイデンティティを奪われたように感じた、職場でコケにされた、という男性もいます。金持ちの長男がぼんくら道楽者で家を潰したのもいれば、旧家の養子に入って傾きかけた家を立て直した人だっているんですけどね。医者や商家では、むしろ外部から優秀な婿養子を迎えるしきたりがあったくらいです。
平成29年内閣府による「家族の法制に関する世論調査」では、「実家の名前がなくなるなどの理由で婚姻が難しくなるか」との質問に、結婚適齢期世代の30代は57パーセントが「ある」と認めています。20代でも40パーセント近く、男女ともに結婚が厳しくなる40代でも4割超え。出産リミットがあるので結婚を急ぎ、夫側へ改姓したものの、不満を抱えた女性もいます。
「家」のために結婚するのではないといっても、地方では地縁や血縁に根差した仕事や資産、祭祀の継承があります。
親御さんが亡くなって実家の家と土地、ほかの資産を相続したときに、その名義が「他家」のものになることを厭うひとは少なくありません。自分の実家を墓じまいして、親の遺骨を寺に預け、婚家の墓だけ守れと言われて喜ぶひとも少ないでしょう。先日の民法の相続法改正で、介護や婚家の事業に貢献した相続人配偶者にも相続分が認められるようになりましたが、配偶者の生前贈与や相続時の控除はかなり優遇されているので、お子さんのお嫁さんお婿さん選びに慎重になっている世の親御さんは少なくありません。失礼ですけれど幸田露伴のような父親(娘を赤貧洗うがごとしの男に嫁にやると豪語したらしい)ならばともかくも、眞子さまのお相手さまのような実家に問題がある男性に、自分の大切な娘を嫁がせたいとはだれも思わないでしょうし。
そこで叫ばれているのが、「選択的夫婦別姓」。
夫婦が望めば、婚前の姓を名乗れる制度。かつて法務省が改正法案を準備するも、国会提出に至りませんでした。子どもが父母どちらかの姓を名乗るようになると、きょうだいで苗字が異なってしまう。子どもが生まれない、もしくは一人のみならば、いずれ夫婦どちらか絶家になってしまう、等の問題。とはいえ、家の後継ぎ問題で、好き合った男女が一人っ子どうしなので泣く泣く別れねばならない、とか、借金や犯罪の前科を消す戸籍ロンダリングのために婿養子になりたがろうとする情けない男性とか、よく聞く話ですので、そろそろ本気で前向きに審議されてほしい。
2015年、最高裁が夫婦同姓規定は合憲であるとの判決を下し、制度の在り方は国会で審議されるべきだと述べています。しかし、夫婦別姓を求める訴訟は今年また新たに提起されたものの、審議すすまず。先日も再婚者どうしの夫婦が子の氏の変更を巡って、別姓を求める訴えを提起したばかりです。よく、妻側の家の姓を残したいなら子が祖父母の養子に入ればいいと言われますが、相続上の問題がありますし、そもそも、祖父母が既に亡くなっていれば、妻が復姓しない限り家は絶えてしまうのです。
このたび182日もの会期を終えた通常国会で、成立したのは相続や成人年齢に関する一部の民法改正、稀代の悪法とされるカジノ法(IR法)、都会のみ議員定数増やした公職選挙法改正、働き方改革法など。女性が輝く社会をスローガンに掲げた安倍政権ならば、議題に上ってもよかったと思いますけどね。