私は偏屈者なので、他人様から本を薦められるのが大嫌いです。
思想をコントロールされているような気分になりますので。幾原邦彦のアニメ「ユリ熊嵐」じゃありませんけども、「あなたの好きは、わたしの好きではない」。自分の好きな本も露骨に他人には押し付けない様にしています。ブログでこれはオススメ!と病気みたいに叫んでいるのは、独り言のようなものなので見逃していただきたい。自分の好きな本や作品がネット上で酷評されていても、自分の問題ではないので、気にしません。自分の価値観が相手と同じとは限りませんから。こんなことを書いているのは、かつて、ある作品の信者として熱心に布教していたけど、それが迷惑だったかな、と気づいたからです(何を今更)。
ところで、世間の読書子の皆様は本をどうやって選んでいるのでしょうか。
学生さんだったらば、教官に強制的に読まされる本があるはずです。中には自著を購入しないと単位を取得させないようにしているので、毎年、大学近くの古書で売りに出される著作を見かけます(笑)。私もよく先輩から安く譲ってもらっていました(笑)。ある研究分野ですと、たしかに基礎研究としてかならず読んでおかなければならない本はあります。このマニアックな学問のことを語りだすとキリがないので、今回は一般書について言及します。
本の中身や現物の具合を感じつつ試し読みしたいのならば、やはり、書店の店頭か、図書館に足を運ぶのがいちばんですよね。書店はあまり長く立ち読みしたり、売り物を買う気がないのに傷めたりしたら嫌がられますが、大規模な書店ならば、最新の、同系統の本が数種類出ていますので比較検討できます。
そして、書評サイトでの評価をチェック。
私はチキン・オブ・ハートなので、なるべく買い物で失敗したくない。最低の評価をつけている人をまず参照します(殴)。情熱がクールダウンしてしまうので恋人の欠点は最初から見つめない方がいいですが、本とか生活用品とか、機能品の悪いニュースは早く知る方がいいに決まっています。その欠点に耐えられるほどの価値があるか、かどうかです。
著者にはお気の毒ですが、そのけしからんレヴュアーのけなし方(笑)や読書遍歴や嫌な本の勘所が自分の価値観と似ていると思ったら、それは十中八九自分に合わない本です。さきほど、「あなたの好きは、わたしの好きではない」と言いましたよね。こころが広くて好奇心旺盛なあなたの好きな範囲は、わたしの好きよりも大きいのかもしれない。これを真とすれば、すなわち、その対偶は「わたしの嫌いは、あなたの嫌い」。論理的にも合っています。好きなものを語り合って、日蝕みたいに互いに重なり合うのを夢見て疲弊するより、苦手なものをスパッと言いきって、この指とまれッ!にしたほうが人は集まりますよね。暗黒の多数決ですけど。
原則的にレヴュアーが数十人いて、平均的4.0以上であれば、まず安心して購入しておいて損はない本です。一人か、二人程度の最低評価は無視すればよろしい。他人に読まれることを前提にせず、自分の読書記録として書く人もいますので。
故意に著作者へのいびつな感情で、酷評しているケースもあります。
インターネット上の書評サイトやアマゾンレヴューなどは最大公約数的には参考になるが、一面的な評価にも陥りやすいのでほどほどに。資格の本については、使いこなすのは自分自身ですから、レヴューも参照しますが、最終的には自分の判断を優先させます。
ふしぎなのですが、どこの出版社でも売上ナンバーワンという表示があったりします。迷いますよね。統計の取り方が異なるせいでしょうけれど。「売れてます!」「人気です!」「これは必須教養!」「〇〇万部突破!」などなどの聞き飽きた甘いフレーズは、著者と編集者と出版社、および書店員たちの姑息なトラップです。在庫が多いものにつけたがるんですよ、あれってね。行動経済学に基づいた、コピーライティングのテクニックでもありますから、極端には信用しない方がいい。日本人は「みんな」に弱い。行列に並ぶ人間心理を煽っているだけ、「いいね!」が多いと迂闊に「いいね!」したくなるのと同じなのです。不特定多数に判断を委ねれば、あなたは何も頭を使わなくていいからです。
でも、そこで思考停止してはいけません。本は何のために読むのか。自分の判断力を伸ばすため、思考力を養うためですよね? 多くの人が使いにくいと感じていても、誰も評価をつけていなくても、自分には最適で合格できた優良本もあります。たった一言でも励まされた言葉がそこにある。そういう場合は、合格や感激のお礼に、レヴューを残しておきます。改良点も付言しておくと、翌年の改訂版に反映してくれることもあり、後学の徒のためにもなりますね。
資格やビジネス書ではない、鮮度が命でない本は、すぐ購入しなくていいですから、図書館で現物確認したうえで、再読したければ買い求めるようにしています。古書店でめぼしい本がうっかり入手できることもあり、思わぬ出会いに嬉しくもなったりしますね。
読み始めてからしまった!と思う本もあるものです。
しかし、読書を重ねるうちに、買っていい本、立ち読みですます本、図書館で借りればいい本のレベルが分かってきます。読書も衣裳と同じです。失敗を繰り返しながら、その本の思想に自分を合わせていくことがきできるんです。だから、これぞ、という本があったら、清水の舞台から飛び降りるつもりで買って、無駄にしないつもりで使い込めばいいんですよ。いい本は誰かの来し方からの贈り物。きっと、あなたの行く末にきちんとした答えをくれます。
読書の秋だからといって、本が好きだと思うなよ(目次)
本が売れないという叫びがある。しかし、本は買いたくないという抵抗勢力もある。
読者と著者とは、いつも平行線です。悲しいですね。
思想をコントロールされているような気分になりますので。幾原邦彦のアニメ「ユリ熊嵐」じゃありませんけども、「あなたの好きは、わたしの好きではない」。自分の好きな本も露骨に他人には押し付けない様にしています。ブログでこれはオススメ!と病気みたいに叫んでいるのは、独り言のようなものなので見逃していただきたい。自分の好きな本や作品がネット上で酷評されていても、自分の問題ではないので、気にしません。自分の価値観が相手と同じとは限りませんから。こんなことを書いているのは、かつて、ある作品の信者として熱心に布教していたけど、それが迷惑だったかな、と気づいたからです(何を今更)。
ところで、世間の読書子の皆様は本をどうやって選んでいるのでしょうか。
学生さんだったらば、教官に強制的に読まされる本があるはずです。中には自著を購入しないと単位を取得させないようにしているので、毎年、大学近くの古書で売りに出される著作を見かけます(笑)。私もよく先輩から安く譲ってもらっていました(笑)。ある研究分野ですと、たしかに基礎研究としてかならず読んでおかなければならない本はあります。このマニアックな学問のことを語りだすとキリがないので、今回は一般書について言及します。
本の中身や現物の具合を感じつつ試し読みしたいのならば、やはり、書店の店頭か、図書館に足を運ぶのがいちばんですよね。書店はあまり長く立ち読みしたり、売り物を買う気がないのに傷めたりしたら嫌がられますが、大規模な書店ならば、最新の、同系統の本が数種類出ていますので比較検討できます。
そして、書評サイトでの評価をチェック。
私はチキン・オブ・ハートなので、なるべく買い物で失敗したくない。最低の評価をつけている人をまず参照します(殴)。情熱がクールダウンしてしまうので恋人の欠点は最初から見つめない方がいいですが、本とか生活用品とか、機能品の悪いニュースは早く知る方がいいに決まっています。その欠点に耐えられるほどの価値があるか、かどうかです。
著者にはお気の毒ですが、そのけしからんレヴュアーのけなし方(笑)や読書遍歴や嫌な本の勘所が自分の価値観と似ていると思ったら、それは十中八九自分に合わない本です。さきほど、「あなたの好きは、わたしの好きではない」と言いましたよね。こころが広くて好奇心旺盛なあなたの好きな範囲は、わたしの好きよりも大きいのかもしれない。これを真とすれば、すなわち、その対偶は「わたしの嫌いは、あなたの嫌い」。論理的にも合っています。好きなものを語り合って、日蝕みたいに互いに重なり合うのを夢見て疲弊するより、苦手なものをスパッと言いきって、この指とまれッ!にしたほうが人は集まりますよね。暗黒の多数決ですけど。
原則的にレヴュアーが数十人いて、平均的4.0以上であれば、まず安心して購入しておいて損はない本です。一人か、二人程度の最低評価は無視すればよろしい。他人に読まれることを前提にせず、自分の読書記録として書く人もいますので。
故意に著作者へのいびつな感情で、酷評しているケースもあります。
インターネット上の書評サイトやアマゾンレヴューなどは最大公約数的には参考になるが、一面的な評価にも陥りやすいのでほどほどに。資格の本については、使いこなすのは自分自身ですから、レヴューも参照しますが、最終的には自分の判断を優先させます。
ふしぎなのですが、どこの出版社でも売上ナンバーワンという表示があったりします。迷いますよね。統計の取り方が異なるせいでしょうけれど。「売れてます!」「人気です!」「これは必須教養!」「〇〇万部突破!」などなどの聞き飽きた甘いフレーズは、著者と編集者と出版社、および書店員たちの姑息なトラップです。在庫が多いものにつけたがるんですよ、あれってね。行動経済学に基づいた、コピーライティングのテクニックでもありますから、極端には信用しない方がいい。日本人は「みんな」に弱い。行列に並ぶ人間心理を煽っているだけ、「いいね!」が多いと迂闊に「いいね!」したくなるのと同じなのです。不特定多数に判断を委ねれば、あなたは何も頭を使わなくていいからです。
でも、そこで思考停止してはいけません。本は何のために読むのか。自分の判断力を伸ばすため、思考力を養うためですよね? 多くの人が使いにくいと感じていても、誰も評価をつけていなくても、自分には最適で合格できた優良本もあります。たった一言でも励まされた言葉がそこにある。そういう場合は、合格や感激のお礼に、レヴューを残しておきます。改良点も付言しておくと、翌年の改訂版に反映してくれることもあり、後学の徒のためにもなりますね。
資格やビジネス書ではない、鮮度が命でない本は、すぐ購入しなくていいですから、図書館で現物確認したうえで、再読したければ買い求めるようにしています。古書店でめぼしい本がうっかり入手できることもあり、思わぬ出会いに嬉しくもなったりしますね。
読み始めてからしまった!と思う本もあるものです。
しかし、読書を重ねるうちに、買っていい本、立ち読みですます本、図書館で借りればいい本のレベルが分かってきます。読書も衣裳と同じです。失敗を繰り返しながら、その本の思想に自分を合わせていくことがきできるんです。だから、これぞ、という本があったら、清水の舞台から飛び降りるつもりで買って、無駄にしないつもりで使い込めばいいんですよ。いい本は誰かの来し方からの贈り物。きっと、あなたの行く末にきちんとした答えをくれます。
読書の秋だからといって、本が好きだと思うなよ(目次)
本が売れないという叫びがある。しかし、本は買いたくないという抵抗勢力もある。
読者と著者とは、いつも平行線です。悲しいですね。