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働かせかたは、法律だけでは解決しない(七)

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正義の味方とか悪の帝国一味とか、そういった役目はボランティアで。
ふだんは職業人として別の顔をもっている。そんなアニメや漫画、ドラマは多いものです。十月というこの季節柄、ちょっとマイナーアニメを引き合いにしてみましょう。個人の趣味全開で恐縮です。

神無月の巫女というアニメには、主人公がわの少年少女三人に抗する六人の敵が登場します。
ヤクザ、シスター、不良番長、アイドル歌手、漫画家、看護婦(?)。このうち、かなり明確に職業プライドが高いのが、アイドル歌手(兼声優)の女の子です。この女の子、かなりアグレッシブな性格ですが、終盤に枕営業の被害に遭ったというワンカットがあります。このシーンは、物語の本筋に影響があるわけでもないので看過されがちですが、かなり衝撃的。このアニメは、その敵方の心理的暗部をすべて吸収したあるヒロインが大立ち回りを演じ、人類の相対的な悪を背負いきったところで散る一歩手前、救世主のような少女の優しさに魂を浄化されるようなラストになります。たとえば、この場面に、世の中に傷ついた女の哀しみの代理救済なるものを感じて、カタルシスを覚えるひともいるかもしれません。製作者がそこまで意図していたのかはわかりかねますが。女が女を選ぶという選択肢には、みずからを傷つけない性であるという、なかば控えめで幸福な錯誤もあるでしょう。(最小ながらも最大の幸福──オロチ衆の闇の本質

世の中には、けっして必然ではないけれど、あればいい職業があります。
ひどい言い方ですが、人類史上、最古の職業はなんと売春婦だそうです。お叱りをうけそうですが、アイドルやダンサーというのも、歌や踊りで魅せてはいるけれど、本質はそれに近いととらえる向きもあります。印象派の画家ドガが描いた、踊り子たちとパトロンの紳士たちとのいわくありげな関係など。美術はそもそも好色なまなざしと無縁ではありません。

先日、今年3月に自死を選んだ女性アイドルをめぐり、遺族がアイドルの所属事務所によるパワハラや過労があったとして、損害賠償を求めて地裁に提訴しました。請求額は9000万円超。
2015年にデビューした、まだ10代の女の子。四国地方を拠点として、農業アイドルのグループリーダーとして華々しく活躍していましたが、過密なスケジュールに疲弊。仕事と学業との両立も難しく活動自粛を申し出たところ、事務所が貸付予定であった全日制高校への転学費用を払わず、進学の道を断たれます。事務所社長の怒号がひどく、享年16歳で命を絶ったというのが遺族の主張。グループを脱退するなら違約金1億円払えと迫ったとか。事務所がわは真っ向から否定しています。

総選挙で知られる国民的美少女アイドルグループなどでも、所属アイドルの酷使やステージの安全設備の不備による事故、ファンの暴走による脅迫や傷害沙汰などが話題になっています。美少女アイドルのみならず、少年アイドルグループと事務所社長との不適切な関係や、お金をめぐるスキャンダルなど、週刊誌などを賑わせない年はないでしょう。歌手やアイドルなどの芸能人稼業というものがそもそも、人材派遣と同じの、人身売買の中抜き構造になっているからです。声優業界も、最近は容姿ばかり、顔出し前提のアイドル化が進み、かつての個性ある渋い演者がすくなくっているように感じます。アイドル声優の売り出しのために、似たような売れそうな類型化されたキャラクターをアニメ製造会社がつくらざるをえない。日本のみならず、ハリウッドでも大物女優がプロデューサーのセクハラを告発する動きが見られます。暗黙裡におこなわれていた業界の闇について、あえて批判を承知のうえで口を開きはじめたのは、この業界にあこがれを抱く少年少女のためだったのではないか。

今回の美少女アイドルの過労自殺をめぐっての訴状。
パワハラについては録音か、もしくは故人のメモなどの記録か、他のメンバーの証言しだい。LINEに恫喝の記録が残されているそうですから、まったくの無罪放免にはなりにくいでしょう。貸付予定の進学費用の債務不履行については契約書などがあるのが望ましいけれど、そもそもその金銭貸借契約、未成年の本人と結んだのか? 法定代理人たる親が知らない、もしくは押印署名して承認した契約だとしても、事務所の主張する「本人からの辞退」で契約破棄になるの? 親権者がその解約を認知しないと駄目ではないの? そもそも、借金させて働かせるという労働契約がおかしいのでは? 中途半端に憶測でいろいろ考えてしまう事件です。(以上は新聞報道をもとにした意見ですが、下記リンク先にくわしい経緯があります)

しかし、一番の懸念はそもそも、年端のいかない少年少女の、いろいろな知識や経験を身に着けさせる伸び盛りの時期に、学業をつづけたいという意思を、利己的な事由によって大人がふみにじったことでありましょう。芸能活動はあくまで家計を助けるための一時的な就業であって、彼女にはほかに将来の夢があったのかもしれないのに。

この場合、裁判での争点は、10代である少女の働かせ方が法律違反ではないかという点につきるでしょう。労働基準法では、あたりまえですが妊産婦とともに年少者の労働に関する規定があります。そもそも、労基法は戦前に多かった、小学生すら通えなかった、労働の担い手として酷使された子どもを救うためでもありましたから。この労基法の具体的な規定については、次稿にゆずるとして。

今回の一件で、私が注目したのは、当該事務所が少女たちを「農業に従事させる」アイドルとして働かせた、という点です。某ジャニーズアイドルグループの農村開拓番組のように、人気者のアイドルが地方振興で人手不足分野に助力してくれるのはありがたいと思う反面、そこには法律の穴をついた巧妙な過酷労働の実態があるのではないだろうか、というのがこのたびの論旨です。

思いおこせば、今年の働き方法案改革の議論の俎上をつくったといってもいいのは、大手広告代理店勤務の女性社員の過労自殺。
この20代女性ももともとは大学時代にアイドル活動をしていた女性で、男性上司から「女子力が足りない」などとセクハラに近い言動を浴びていたとされています。このハラスメント行為について当該上司が処罰されることはなく、もっぱら、過酷な過重労働のみに判決が下されました。フェミニストを気どるつもりはありませんが、しかし、女性の社会進出がめだつ流れにおいて、女性のみならず、男性がわにおいても異性(あるいはセクシャリティがややあいまいな人物)といっしょに働くときの、拒絶でも心酔でもない、こころ構えが要されるのかもしれませんね。それは異性だけではなく、年齢や学歴や国籍、宗教、そのほかの環境によって生じる格差について、日本人が初めて向き合おうとしていく時代のとば口に立ったといえるのかもしれません。


【参照記事】
愛の葉Girls訴訟でわかった地下アイドル「残酷物語」 パワハラ、長時間労働、ノルマで自腹も
アイドル活動のブラックな実態がわかる関係者の証言があります。


働かせかたは、法律だけでは解決しない(目次)
2018年6月29日に改正成立した働き方改革関連法により、日本の労働慣行は大きく変わるのか? 労働対価を時間で計っていた慣行からの脱却、金銭的な待遇の格差是正があったとしても、「労働者」と「使用者」との間にある本質的な、不幸な不和が消えない限りは日本の労働現場での痛ましい事故や事件はなくならないだろうと思われる。





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