二次創作者でありながら、二次創作者でありことをちくちくディスるような記事を量産してばかりいます。これはあくまで隠れヲタクたる私の自虐風生存戦略なので、二次創作を誇りをもってして楽しまれている方は過剰に気にしないでください。お願いします。
過去記事に書いたような気がしますが、書いたそばから忘れるタイプなので、気にしないことにします。今回は、自分の二次創作人生のはじまりは云々、というお話です。
子どもの頃、お絵かき程度のへたっぴイラストをアニメ雑誌に投稿したりしたことはあったものの。それが二次創作物だという自覚はありませんでした。当時は90年代、『アニパロコミックス』『ファンロード』とか(他にもあったのかもしれないが)いうセミプロが活躍した二次創作専門雑誌があって、そうした連載物を書いているセンセイとは自分は違うと思っていました。また、市販のアンソロジーコミックスに載るような商業デビューの作家陣とは別としましても、やろうと思えばできる同人誌出版も、友人に誘われつつ及び腰だったのも、そこに資金とお金を投入するのが学生時代の私には無駄で無謀に思われたからです。
そんな私が拙ブログ上で、二次創作物発表のブログを開くきっかけになったのは。
先行のファンサイトの存在。そしてもうひとつ、無名無数の二次創作物に出会ったことでした。
2000年代のはじめ、当時のネットにはまだピクシブもツイッターなどもなく。
ファン活動をするならば、ハンドル名をもった個人有志が運営するホームページか、ネット上の掲示板にある無料の投稿ぐらいでした。私が知っている限りでは。
私の好む原作ジャンルは、某巨大掲示板(今でもあるんですかね?)に二次創作専用のスレッドなるものがあり、そこでは投稿ナンバーごとに日々、二次創作小説が投下されていました。当時は、それをSS(サイドストーリー)と皆さん呼んでいましたね。
掲示板ですから、不特定多数が投稿するので、ひとりが投下しはじめると割り込みしないように、他のひとは投稿を控えるのが暗黙のルールです。
投稿者は長文になると分割するために、一回分ずつにナンバリングしておいたり、別タイトルを附したりするもの。初回投稿にカップリングなどの注意書きをつけ、最後に後書きめいたメッセージをつけます。
投下が終わると、良作にはいっせいに感想文が寄せられるのが常でした。
どこか、いまの私が使い込んでいるブログにも似ていますが、ブログと違い、最新投稿が真上には出てこないので、最初から下へスクロールして読めるのがいいところでした。
こうした無料の投稿掲示板は今でも活気づいているのかわかりかねますが。
私の愛着する原作ジャンル専用の場所はいつのまにか廃れてしまっていました。
つい数年前、その原作ジャンルの二次創作小説掲示板がSS部分だけまとめられて別にたちあがっているのを発見。たまにちょくちょく思い出したように読んでいます。いやあ、なつかしい。
正直、十八禁の場所だったのでいかがわしい描写が多かったりもしますが。
なかには、これセミプロじゃないかと読んだらすぐわかるような文章の書き手もいました。なぜか、この人、上手いなと思う作ほどアクセス数が少ないのは、やはり、あまりまじめくさった作をこうした掲示板読者が好まないせいもあるのでしょう。短めに選び抜かれた言葉があまりに適切なので、字書きだけども、漫画を創作したことがあるか、字数制限のある文書を書かれることに慣れているかと思われる方のものでした。
惜しいのは、こうした掲示板の投稿者は、原則無名。
名無しの二次創作者さんだからこそ、無用無体な読者からの攻撃に遭いにくかったこともあるでしょうし、逆に読者も匿名なのでヤジが飛んできたりすることもあります。
ハンドルネームをつけたり、その名前の次に英数字まじりの記号をつけてなりすまし防止をした投稿者もいますが、たいがい、タイトルを投稿者欄へ入れているので誰なのかわかりづらいわけです。それでも、文体や書き癖なんかで、この作品とあの作品の作者は同一人物ではないか、と推測できることはあります。
二次創作物が上手い人は字書きでも絵描きでも人気があり、たいがい、多くの原作ジャンルを経験していたりするもの。だから熟練しているわけで。
私が感銘をうけた二次創作物は、その原作ジャンルのプレエピソード(主要キャラの前世編)を描いたものでして。
今となってはどこのどなたが手掛けたのかわかりかねますが、あの二次創作物を読まなければ、原作に興味を持たず、十数年以上も追いかけておらず、さらにはずっとしぶとく自ブログで細々と二次創作なんぞをやることもなかったでのです。
二次創作者のあいだで、SNS上のトラブルや評価をめぐって喧々諤々の論争が起こりますけども。こうした無名無量の二次創作物に感銘を受けつつ、その作者がわからないまま悶々とした感情を募らせた者からすれば、誰が、いつ、どこで発表したかがわかり、本人が忘れてしまっても、誰かが代わりにそれを発掘してひろめてくれる、そんな画期的なシステムは、二次創作者どころか、本式の創作者にとりましても、そして後からそれを好きになる者からしましても夢のようなシステムなのです。
誰かがなにげなくカタチにした好きが、呼び水となって、新しい作品が次々に生まれ、原作ジャンルの伝説をつくりあげていく。それはとても素晴らしいことなのです。
はたしてそれは、美術史上、多くの歴史画や宗教画がたどってきた道と同じではありませんか。
宮本武蔵のような武人でも教養として水墨画をたしなんだし、本職の画家でなくとも、絵を描くこと、詩文を創作することがその人の人格の陶冶になった時代があったのです。大仰に言えば、二次創作という他愛のない創作遊びもすでにある格式をもちいたごっこではあるものの、それにより生活に楽しみを抱き、気分が潤い、人生が豊かになるものと思い定めれば、名前もなき創作物が誰かの胸にながしかの感情を発動させることそれ自体が、まさにクリエイティビティの真髄に他ならないのであります。
(2022/06/26)