長丁場のシリーズのもののなかでは記憶に残る話、残らない話。様々あります。
平成百合大ブームの先駆け作「マリア様がみてる」、およそ40巻近く。その中で皆さまのお気に召した巻はと聞かれたら、おそらく「レイニー」「パラさし」だとか、いやいややはり無印だとか、聖さま人気で「いばら」とか「チェリブロ」とか、そのあたりが候補なのではないでしょうか。
実はの実は。
私めにとりまして、記念すべき一冊はこの18冊目(プレミアムブック含む)の『マリア様がみてる 特別でないただの一日』。初めて読んだマリみて、もちろんはじめての今野緒雪先生作。本屋で手にとって何気なく買った本です。他の巻、とくに短編集のあらすじはすっかり忘れても、この巻だけは、わりと詳細に流れを覚えているんですよね。
なぜこの一冊が特別なのか?
ひとつめは、「とりかへばや物語」を扱っていること。コバルト文庫でとりかへばやと聞けば、そう! 亡き氷室冴子先生の『ざ・ちぇんじ!』。私は山内直美先生作画の漫画から入りましたが、すごく大好きだったんです。原作小説も、文庫漫画も両方持っています。たぶん、今野先生も氷室作品のファンだったのでしょうね。そこが嬉しくて。「とりかへばや」といえば、最近も、さいとうちほ先生がコミカライズして話題になりましたけれども。ジェンダーレスなテーマなので、今の時代もまさしくウケがいいでしょう。
ふたつめの理由。
上述しましたが、これがはじめての「マリみて」だったから。百合と聞いていたからのんびりほんわかなテイストかと思ったら、一巻でとんでもないことがバタバタ起きていく。ただの学園祭なのに、部活のイザコザとか、家庭内のゴタゴタとか。どろどろの愛憎劇になりかねないような問題があるけれど、それはあまり尾を引かずにきれいにまとまります。出来事のオンパレードなので、「特別でないただの一日」どころじゃないけれども、最後にこのサブタイ回収されるところが、ほっこりします。祥子と祐巳の会話ね。
みっつめの理由。
なのに、祥子と祐巳のうるわしい姉妹愛から一転。最後に最後の突き放し。ああ、これ、既視感あります。祥子のそれは祐巳の今後を考えた愛情なのだけれども。愛って、他人の成長を願うことなのよ。べたべた甘えるだけではなくて、そう教えてくれます。もし、これが、ただの先輩後輩の、疑似恋愛でただデートごっこするだけのような話だったなら、私はこの作品をそんなに嵌まらなかったでしょう。
よっつめの理由。
私がこの一冊に出会ったのは拙ブログを立ち上げる少し前。時期は忘れたのですが2005年か2006年頃です。ところが、この巻、奥付をみればなんと2004年10月10日! そう、あのアニメ神無月の巫女が放映されたあの年です。これはなにか因縁を感じざる得ない。これは、かなり個人的な理由です。
では、中身の話に入りましょう。
時期は「チャオ、ソレッラ!」の修学旅行編の少し前。祥子さま肝煎りの計画で、二年目の学園祭、生徒会のお芝居の演目は「とりかへばや」。福沢姉弟が主役を張ります。しかも、祥子さまの強引な予定変更で、男女入れ替わり劇に。たぶん、これやりたくて、今野先生は、祐巳と祐麒を同学年の年子(双子ではない)設定にしたのか、と思うぐらい。にしても、祥子さま、上司でいたら嫌なタイプですよね。上手く乗せられる祐巳も祐巳なのだけども。
ちょうど一年前の学園祭が、ロザリオ授受、すなわち祥子・祐巳紅薔薇姉妹の誕生日。
学園祭後に何かあるのでは、と期待しつつ演技にのぞむ祐巳たち。花寺学院の助っ人面々も交えて。しかし、不穏なオーラを放つのは、一年椿組のあのコンビ。祐巳ストーカーの細川可南子は不機嫌。けれども、降板はしない。ここの祐巳の理解がやさしいですね。「壊したいわけではない、ただ、自分はここにいるのだ、不満を抱えたままここに存在しているのだ」と。仕事でもなんでもそうだけど、「やめたい」とこぼす裏にあるのは「やめたくないけれど苦しいの」という本心。
この可南子の事情、直接、祐巳が解決したわけではなくて。
学園祭当日の、土壇場で、祥子どころか、聖や蓉子などなど他のメンバーも絡んで(ある意味、柏木氏が一役買ったともいえるが)明かされてしまいます。純粋培養のお嬢様が通う学園で話すには、とんでもないプライバシーだと思うけども。
もうひとつの事件は、松平瞳子。
「未来の白地図」あたりでの瞳子の姿が予想されそうなんですが。この子、こんなに組織からはみ出そうな子だったのでしょうか? 才能ほとばしるあまりに大事な演劇部の劇をみずから放棄しかけた彼女、祐巳の説得で元の鞘に。そのあと、一緒に学園祭見物に出かけるあたり、のちの関係性をうかがわせるのですが。とにかく、いいなあ、このふたり。祐巳のお姉さん世話焼きぶりがね。もっと姉妹になったところを見たかったものですね。
祐巳って平凡な子なのだけども、他人のことはかなりよく観察できていますよね。瞳子がカラ元気なところとか。このあたりは見習いたい。瞳子の天才っぷりなあまりに、自分の気に障ると何かも壊しそうな危なっかしい部分も、上手く包めるのがすごい。いつのまにか花寺でも人気があって、人望があるのは主人公補正かかり過ぎだとは思うけども。
今回は白薔薇ファミリーは活躍控えめ。
でも、わりと志摩子さんの関係者だとか、聖さまの修学旅行の裏話とか、そのあたりの外伝はのちの「バラエティギフト」で書き下ろしの短編があるので、大きくカット。
あと、いつもはそんな役割担当な黄薔薇の、とくに由乃が、祐巳のために根回ししたり。
令さまと由乃が、ホールケーキを突きあって食べてるとか、百合夫婦しすぎているのがなかなかツボ。殺伐なエピソードもあったので、ここでバランスをとったのでしょうか。令と祥子がケーキ分け合って食べるという小話もありましたよね。
最後に無事、丸く収まって祥子と祐巳、ふたりきりの時間がとれたと思ったら。
祥子さまが突きつけた難題が、祐巳に衝撃を与えます。で、「妹オーディション」へ続くと…と思ったら、そのあとにまた外伝集で、その後、「薔薇の花かんむり」にたどりつくまで、けっこう長い道のりがあったんですよね。私、この巻以降の時系列が今でもあまりよくわからなくて、サブタイみただけで並べ替えできないくらいです(酷)。これ以前ならば季節が分かるサブタイが多いから、わかりやすいんですけどね。
さて今回のマリみて名言、いきます。
「言い訳したって、神様が太陽の動きを止めてくれるわけないのだから、カレンダーの前でため息ついている暇があったら手を動かして、頭を働かせろってことだ」
これはいつもの前振り場面から。
「一番いい未来を思い浮かべていこう、そう祐巳は思った」
部活内でもめた瞳子を送り出して、山百合会の面々からも賛同された後の祐巳の思い。
祥子さま他の提案とは異なる選択をしたのに、瞳子のために選んだことを否定されなかったこと。こういう前向きさがあるから、どちから片方しかできないではなく、両方やり遂げる奇蹟が得られたわけですね。祐巳の暗躍で、生徒会劇は大事なキャストをうしなわずに済んだのです。
「墓に布団は着せられずって、その通りよね」
祥子さまが可南子にけしかけたあとの、お言葉。
謝るべきときを逸れて、和解の瞬間を逃してしまうと、もうもう永遠に会えないこともありますよね。胸に痛い言葉です。マリみてはごたごたがあるけれども仲直りするのがうまい話が多いですね。現実はそうはいかないのだけれども、寛恕になる、ということにつきますね。
「だって、明日も明後日も、変わりなく祐巳は私の妹で、今でもそしてこれからもそうなのに。どうして、わざわざ一年で区切らないといけないの。私にとっては、今日は特別でも何でもない、昨日と変わらないただの一日よ」
祥子さまが祐巳に語る名場面、タイトル回収シーンです。
サラダ記念日みたいに、日常の中のささやかなことをお祝いしてうきうきしたくなるのもいいけれども。わざわざ飾り立てなくとも、毎日、何気ない日々を一緒に過ごすことそれだけで幸せなんだ。そういう真理を教えてくれる台詞です。
これを再読したときは、じつは新しい仕事をはじめてちょうど一年近くになろうという時期。
私にも祐巳みたいに、一年やり過ごしたことを自分で褒め、誰かに喜んでもらいたいような特別感がありました。けれども、一年、だろうが二年だろうが、年数がたてばたつほどより難題は降ってくるもの。誰かと別れもあるもの。そのとき、独り立ちして暮らしていけるか、仕事をこなせるか、けれども、どんなに忙しく慌ただしく、よそから降ってわいた事件があっても、のりこえていかないといけないことを、この巻は改めて諭してくれたように感じたのです。この時期に読めてよかったですね。
なお、すこし不満点があるとすれば。
とりかへばやという題材ながら、意外と生徒会劇の中身そのものにはあまり踏み込んだ描写がなかった、ことでしょうか。とりかへばや自体がかなり男女間のトンデモ恋愛を描くもので、それを薄めたお芝居だったという設定なので、劇中劇にはあまり筆を割かなかったのでしょうね。祐巳と祐麒が入れ替わるときにどんな掛け合いがあったとか、姫君(男装の)を襲う中将役は誰だったのかとか、そのあたりが気になります。帝役が志摩子さんだったのがびっくりですけども。男性陣はおいといて、山百合会女性だけでやる宝塚劇みたいな、お芝居の話があったりしたら読んでみたいなと思ってみたり。
この巻もあとがきがなかなか面白かったです。
このあとがきのネタだけで一話こしらえられそうですね。本職の作家さんは想像力豊かで、アイデア出しがすごいなと思います。
なお、この感想は書いた時点とは別の日時で予約投稿しています。
なので、ランダム再読だけれども、読んだ順からレビューが発表されるとは限らず、かなり年数がたってからになることもありえます。原則としてマリみて感想は月イチ投稿にする予定です。だって、うっかり読み始めたら止まらずに休日すべてつぶれてしまいそうですから(苦笑)
(2023/02/26)
【レヴュー】小説『マリア様がみてる』の感想一覧
コバルト文庫小説『マリア様がみてる』に関するレヴューです。原作の刊行順に並べています。
(2009/09/27)
★マリア様がみてる関連記事一覧★
小説「マリア様がみてる」のレビュー、公式関連サイト集、アニメ第四期や姉妹作の「お釈迦様もみてる」、二次創作小説の入口です。小説の感想は、随時更新予定です。