平成百合大ブームの先駆け作、マリア様がみてるシリーズの十数年越し再読ランダム感想記事。今回選びましたのは「大きな扉 小さな鍵」。前面にいるやや物憂げな祐巳と、ちょっとおとぼけ顔の瞳子。じつはこれ、本編を読むとふたりの表情、真逆なんじゃないかと思うのですけれども…。そういや百面相の福沢祐巳で、仮面女優の松平瞳子ならば、これが本来の姿なのかもしれませんが…。
この巻は過去にレビューしたこともあり(「『マリア様がみてる─大きな扉 小さな鍵─』(前)」「『マリア様がみてる─大きな扉 小さな鍵─』(後)」)、二次創作小説の下敷きにしたこともあるので、とても強く印象に残っています。とくにラストの「百数えて」のくだり。当時はなぜ祐巳はこんなことを命じたのかと思ったわけですが、今から思えば、これアンガーマネジメントの鉄則ですよね。感情をヒートアップさせないための。
恒例の前書き、「人の心には扉がある。心と心が通じ合わねば扉は開かない。(…)私たちができることは呪文を唱え、鍵を差し入れるまで。向こう側からどうぞと扉が開かれるまで待たなくては、扉は永遠に開かない」――この文面、ほんとうに耳に痛いですね。過去何度もひとの感情を覗こうとしたり、勝手に分析してお節介を焼いたりして、人間関係がこじれたりしたことがある身にとっては。
「くもりガラスの向こう側」では、瞳子の思惑が全く見えないと嘆いていた祐巳。
しかし、ここにきて、彼女にも心境の変化があったようです。ある意味達観したといいますか。
今巻は二本立て。祐巳をとりまく周囲からのオムニバス視点の前半部と、瞳子視点の内面を探る後半部。後書きでも今野緒雪先生みずから書かれているように、なんと初めて主人公の祐巳の目線がまったくないままの一冊。そのためか、なんだか、祐巳が大人びて感じられますが、その真意やいかに。
・「キーホルダー」
二次創作小説の題材にもしましたが、この小題の意味が未だに解けないままです。鍵にもならないお飾りの付属品。別になくたって構わない。裸の鍵ひとつでもいい。けれど、そのキーホルダーがあることによって、何のための、どこを空ける鍵かひと目でわかることもありますよね。
生徒会選挙の勝利で乾杯ムードの山百合会。しかし、敗者の瞳子の寂しい去り姿をみて、祐巳にすがるような気持ちを向ける乃梨子。祐巳は「見捨てない」「瞳子のことは好き」という言葉をこぼしたことに一抹の期待を抱きつつ、山百合会は昨年同様バレンタインデート企画が新聞部主導でスタート。この参加を二年生組トリオか、薔薇のつぼみ三名でやるかをめぐって、黄薔薇では反発の、いつもの由乃。白薔薇さんちは、なんと微笑ましい姉妹愛。そして、紅薔薇では、学園祭の劇のように祐巳が動じるかと思いきや、なんとすんなりOK。しかも、今年のバレンタイン企画は昨年の反省をふまえ、あらたなチャレンジ枠をもうけて、パワーアップ。その当日の模様は次回へ。
いっぽう、祐巳と瞳子の不穏な気配を感じとりつつも静観する祥子は、従兄の柏木優から瞳子に関するなにやら匂わせな質問を投げられます。ここのやりとりの、柏木を祐巳を意識したのって、まあ祐麒の身代わりにみたいなニュアンスなんでしょうけれども、この福沢姉弟と柏木・祥子コンビって絶妙な四角関係ですよね。これに瞳子も加えたらどうなるんだろう。柏木さん、初登場時のギンナン王子ぶりはどこへやら、最近ではすっかり「ベルばら」のアンドレみたいな暗躍ぶりですね。もともとイケメンなのに、百合作品に出たせいでなぜか人権侵害されてしまう男性のいい例です、大神ソウマくんとかね。
ここまであらすじをざっくり追ってみましたけれども、やはりキーホルダーの意味わからず。鍵を差し込むためにぶらさげるもの、前書きでは呪文を唱えてとありましたが、要するに、相手を好きだという気持ち、広く言えば「愛」なのかもしれませんね。柏木が祥子に向ける好きと、祐巳に対する好きが違うと言ったように。素直な女の子が好きな男、無防備な顔をする先輩をどこか気にしてしまう生意気一年生。どこか「わかりやすい感情をぶらさげている」あの人のことが気になるのかもしれませんね。
・「ハートの鍵穴」
心の扉を開かせてほしいのに仮面をかぶっていた瞳子。ベールに包まれたその内面が徐々にあらわになる後半。
家出騒動からのあと、情緒不安定になった母を献身的に支える瞳子。どうや祖父経営の病院の跡継ぎ問題が背景になるらしく。じつは瞳子の我がままぶりや目上に甘え媚びる性格がすべて演技。ならば、素の彼女はどんなキャラだったのか。
選挙を一人で戦った瞳子に対しての評価でクラス内で意見が二分。
瞳子の肩をもつ派閥も現れるが、本人にとってはいい迷惑。知らぬ存ぜぬを決め込み、熱心にうちこんだ演劇部にすら退部を申し出ます。次代のエースに目をかけている演劇部の部長には、瞳子が祐巳を欲していることお見通し。そのうえで、自分の妹になりなさいと抱き寄せるわけですが、瞳子、祐巳のときほど極端な拒絶はしない、けれども快諾もしない。お芝居ならば彼女はいくらでも、たとえ苦手な相手の懐さえも飛び込めるはずなのに。
帰り際、待ち伏せして瞳子に真意をただす柏木優。
そこで、なぜ、夏休み中の小笠原の別荘にいた祥子・祐巳を瞳子が訪れたかの理由が判明。この話を読んでから、もういちどレイニーブルーのあたりを読みなおすと瞳子に対する印象が変わるでしょう。庶民だと馬鹿にされつつあった祐巳に助け船を出そうとしたのはなぜなのか。
瞳子には傍目には平凡で親しみやすい福沢祐巳が「たくさんの馬を従えて先頭を走る競走馬」に見えたとあります。祐巳が学内で注目されるきっかけになったのは、学園の華である小笠原祥子の妹に選ばれたから。そんなシンデレラストーリーに瞳子も憧れたのでしょうか? いや、そうではなく、瞳子自身は祐巳の友だちになろう感覚に自分にはない恐ろし差を感じたのでしょう。つまり、彼女を見れば見るほど、自分が偽りのお嬢さまぶりで人間関係を築いてきた化けの皮がはがれそうになるという痛みを味わうことになるという恐ろしさを。
そして、とうとうついに、瞳子は祐巳と偶然にもふたりきりで下校することに。
しかし、祐巳が何気なく放った「あなたはあなたのままでいい」発言に、よからぬ勘繰りをしてしまった瞳子はまたしても反発。これがリリカルなのはの高町戦技教導官ならば一発で撃ち落とすところなのですが、祐巳のとった「ちょっと頭冷やそうか」作戦は、その場で数をかぞえて置き去りにしたことでした。
なぜか、祐巳を追いかけられない瞳子。
幻滅と絶望と怒りと悲しみ。同情されるのが嫌い。ほんとにめんどくさい子、松平瞳子。ヒートアップした瞳子は祥子の元へ詰め寄り、自分の秘密をバラしたのかと詰問するわけですが…。瞳子はもうこのときはもう自分も周囲も信じられなくなって、学内じゅうから自分が虚仮にされているような錯覚に陥ったのでしょうか。それがとんでもない誤解だと気づいたとき、自分の理解者を失ってしまったことに気づいてしまいます。その時、現れた救い主はなんと先に返ったはずの乃梨子で――…。
うん、この締めくくりなら救われますよね。
誰もが一人で生きられるわけではない。繋がりを断ち切って孤高を貫いたのに、寂してたまらない。心を持て余した自分を包んでほしいのに、その相手に軽んじられているような気がして踏み出せない。松平瞳子のこの複雑な性格は、家庭環境からくるのかもしれませんし、事情としては藤堂志摩子に近いものがありますが、彼女はまず姉をつくる前に、友情を結んでいたことに救われるんですよね。
しかも、乃梨子はロザリオ裁判のときにだまし討ちされたような相手。
乃梨子も乃梨子でよく許したものだと思うけれども、もともと初登場時から威風堂々とした彼女がこのときほど頼もしかったことはありません。
でも、このふたり、もし「姉」が卒業間近になったときに、はたしてどんなふうにけじめをつけるのか。自分の妹をきちんと見つけるのか。どうやって山百合会を運営していくのか。そこまでこのシリーズは続きませんでしたが、その未来を本編でも読みたかった気がしますね。瞳子の妹分になる人が、黄薔薇よろしく、あんがい祥子もしくは蓉子さま似だったとか、ありそうな気が…(笑)
瞳子が陥ったトラップは、自分は追いかけてきてもらえること、愛されることを渇望しているのに、自分からは求めず、愛そうと努めもしなかったことなのでしょう。だからこそ、自分の後ろに多くの人を引き連れている一年前のバレンタイン企画の祐巳の奔走ぶりが恐ろしかったのです。あの人を追いかければ憧れの祥子さまとお近づきのカードが手に入るという指標になっていた、祐巳の学内での信頼の高さへの畏敬、もしくは、その後追いの中に自分も混ざりたかったという羨望、なのでしょうか。
瞳子と祐巳の関係の新展開は次巻を待てということで、まだまだ引っ張ります。
でも、結果は見えていましたが、最終的な姉妹誕生まで、じつに多くのエピソードを絡ませながら描かれていたわけですね。初巻無印の祥子祐巳の姉妹が余りにも電撃スピードだっただけに、当時は待ちくたびれた巻がありましたが、ほんらいはこじれた間柄を修復するのってこれぐらいの時間がかかるわけですよね。
たとえ、その人の心の扉にあう鍵を持っていたのだとしても、ある日、その鍵穴が狭くなったりして開かなくなったりもする。それが人間じゃないでしょうか。だからこそ、ひとを好きになることにはめんどくさいけれども、大切な過程があるわけです。たがいの人格を認め合って、その人らしさであることを尊ぶという姿勢が、ですね。はたして、自分はそうした祐巳のような大らかな気持ちでひとと接したことがあっただろうか、と自問したくなったわけです。
(2023/07/01)
【レヴュー】小説『マリア様がみてる』の感想一覧
コバルト文庫小説『マリア様がみてる』に関するレヴューです。原作の刊行順に並べています。
(2009/09/27)
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