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Channel: 陽出る処の書紀
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雑用にも仕事の醍醐味がある

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現在、従業員数十名の小さな会社で経理・総責任者をしている私です。
責任者といいましても、実質、ひとり事務員。しかし、事務の仕事はパソコンを使って座ってできる女性の憧れの仕事。皆さんはそう思っていませんか? 実際はそうではありません。

私の勤め先は清掃員を雇ってはいないので、各自が持ち場を掃除しています。
お手洗いは男女が持ち回りで。かつての勤め先は、他に事務員が数人いるのに、新人の私のみがなぜか二階から四階までの男女別のトイレを毎朝掃除し、休憩室のタバコ灰皿をも洗わねばならず。それに比べると天国です。

その私は、朝の余裕があれば、指示されたわけではありませんが、玄関前や下駄箱の掃除をしています。
なぜかといいましたら、この時間に他の従業員と交流できる機会が得られるからです。この習慣によって、私は全員の容貌と名前を覚えました。雑談を交わすと、親しみが増えますし。労務管理上のトラブルがあったり、こちらが作業ミスをしても寛容になっていただけます。…というのは、甘えなんですけども。

社会保険事務の手続き上、相談も受けます。
高額療養費だとか、傷病手当金の申請だとかの。厄介な事例もありますが、実地で勉強になることもしばしば。

従業員の皆さんの朝方の顔色や気配で、健康状態もわかります。
また各自の持ち場のいくつかに出張して、掃除することもあります。そうすると、皆さんがどんな働き方をしているか、また自然採光や照明の明るさ、危険な故障個所がないかなど、労働安全衛生上の課題も見つかります。

最近、私は古い倉庫の掃除を率先して行うようになりました。
最初に足を踏み入れた時はかなりの埃だらけ。じつはここ近年、在庫がかなりさばけており、倉庫からの出納が多くなったため。倉庫に出荷担当の従業員が出入りする機会が多くなりました。

出荷担当者がかなり暗い顔をしており、仕事が大変だと理解はしていたものの。確かにあの倉庫の状態では労働のモチベーションが下がってしまうだろう。なので、時間をみつけては、ちょこちょこ掃き掃除をすることにしました。思った以上に、かなり不衛生で、掃除に難儀はしますが、社員の皆さんの苦労を分かち合うにはいい機会です。

ミハエル・エンデの名作児童文学『モモ』には、道路掃除夫の老人ベッポが語る有名な言葉があります。

「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん。つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけ考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな」

これは仕事を楽しくする秘訣。一歩ずつ進んで、気がついたときには道路がすべてきれいになっている。これが大事なんだと語る、この老人は、一見誰でもできそうな、3Kと呼ばれそうな仕事をとても愛しているのです。かつて、湯飲み洗いや掃除当番をイヤイヤしていた私には目から鱗の考えでした。

私自身、二、三軒もある空き家の中の断捨離と掃除をはじめたときは、あまりの荷物の多さと汚さに絶望したものでした。ですが、こつこつ、何か月も、何年もやりつづけていたら、いつのまにか片付いていたのです。

この実家の片づけに比べたら、勤め先の倉庫の清掃などは苦ではないのです。
ふつうの書類仕事がしたいだけの事務職希望者ならば嫌がるでしょうが、私自身は、デスクワークだけがしたいだけではなく、労務管理をして社員の労働環境を改善するという使命感があるので、この雑用をとても大事に思っているのです。もちろん、ほんらいの事務作業のスキマにやるものですけどね。

事実、私自身があちこち掃除をしたら。
他の皆さんも忙しいさなか、掃除をしてくださるようになり、社内でもギスギスした空気が薄れ、人間関係のトラブルの相談も減ってきたように感じます。人員不足で残業続き、かなり疲弊しているはずですが、皆さん顔色は明るめです。それは私の買い被りなのかもしれませんが。

以前、ある有名料理人が、修行時代、鍋洗いばかり何年もさせられてレシピを教えてもらえなかった。
ところが、鍋の底に残った料理かすを味見して、自分で研究するようになり、掃除を怠らないようになった。すると先輩たちから一目おかれ、しだいに可愛がられて、自分の料理の腕も上達した。そんな話を聞いたことがあります。

この雑用を大切にするという考えは、専門職人の世界のみならず、どの職種、どの業界でも通じることではないでしょうか? ITスキルが高い、法務税務などの高度な知識に通じている、技術がある、それはよいことですが、仕事の基本とはなにか。組織内で協働するために、自分が何ができるかを常に考えて働くようにしたい、と自分を戒めるために書いた記事なのでした。


(2023/03/21)


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