泣いているのに、なんだか笑っているような顔の人っていますよね。
ふつうにしているのに、いつも、怒っているような顔の人だっていますけれど。お笑い芸人といいますのは、たいがい前者のようなタイプで、その場にいながらして、人に笑われてしまうことを職業にするプロのことです。しかし、まあ、最近のお笑い芸人さん、とくに日本のそれは学歴が高くなったのかどうか知りませんが、自分が笑われるよりも身近な他人を笑い者にして受けを狙うパターンが多いですよね。
2009年のイギリス映画「笑いながら泣きやがれ」は、しがない地下パブのショーで食いつないでいる三流コメディアンを主人公にしたヒューマン・サスペンス。こころ温まるヒューマンドラマと、こころ青ざめるサスペンスとが結びつくとしたら、それは涙と笑いとをごたまぜにするしかないのでしょうか。
笑いながら泣きやがれ [DVD]
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スコットランドの場末。別れた妻には愛娘を奪われ、借金で首が回らないコメディアンのジョーイは、日々、コカインで気を紛らわしては舞台に立つ。人生崖っぷちの彼には恐れるものなく、毎度まいど、日常の憂さ晴らしに周囲をコケにしたネタを披露しては場末の観客を笑わせていた。ある日、家賃の滞納をめぐってアパートの大家とひと悶着し、それをネタにした寄席を披露したのちに、傷害罪で逮捕されてしまう。行く宛のないジョーイがたまたま頼ったのは、かつて士官学校で共に学んだという旧友のフランクだったが…。
イギリス系のコメディアンといえば、高学歴で上質、体当たり演技という先入観があっただけに、スコットランドといういわくつきの場所を舞台にして、冒頭からシモネタ満載台詞のオンパレード。とにかく、主人公がほんとうにだらしない。だが、どこか芯まで憎めない気がするのは、主演俳優のスティーヴン・マッコールなる人物が、さほどやさぐれた風貌ではないせいなのかも。
傷害罪で外出禁止令が出されているにもかかわらず、フランクはジョーイを車で連れ回す。向かった先は、かつての士官学校の教官が収容されている老人ホーム。いまは認知症の老人になったもと教官を誘拐も同然にやりかたで拉致したフランクに、不審の念を拭いえないジョーイ。フランクの目的は、もと教官に恥辱を下されたことに対する復讐だったのですが、ジョーイにはなぜか、その記憶がないばかりにいまいち乗り気になれないまま。逃げ出したジョーイに業を煮やしたフランクは、なんとジョーイの愛娘を人質とすることでジョーイをおびき寄せようとします。
はたして、狂気に満ちたフランクの真の目的は、ただ旧交をあたためあって、ともに鼻持ちならぬ教官に鉄槌を下そうということだけではありませんでした。土壇場で老教官が記憶を思い出すことによって、ジョーイが忘れ去っていたはずの凄惨な事実が明るみになります。そのとき、血まみれになりながら、心身ボロボロになりながらも、笑いとも泣いているともつかない顔つきでジョーイがくだす決断に、静かな一場面ではありますが、胸揺さぶられることでしょう。
ジョーイは事件後、その出来事の一端を自虐的なネタとして披露することで乗り越えていくのです。じっさいのところ、他人から後ろ指刺されながらの人生を笑い飛ばすことで生きながらえてきた彼には、すでにそうするしかなかった。笑いこそが最大の武器である、それがあるからこそ前向きに生きようとする、ジョーイの生き方がはっきりと提示された時に、権威に踊らされ、二十数年も過去にもがき苦しみ、今さらになって反抗することしかできないフランクのほうが、当初の強面ぶりとは逆に、いかにも小さく脆い存在に見えてしまうという、この逆転劇がおみごと。そして、人道にももとる教官には、ジョーイもフランクも手を汚さずに、それなりの裁きが下されるラストが溜飲を下げてくれますね。
監督はジャスティン・モロニコ。
英国アカデミー賞スコットランド最優秀映画賞受賞作。派手な演出も胸に突き刺さるような音楽もなく、有名俳優がキャスティングされているわけでもないけれど、印象に残った良作といえますね。
(2012年11月12日)
ふつうにしているのに、いつも、怒っているような顔の人だっていますけれど。お笑い芸人といいますのは、たいがい前者のようなタイプで、その場にいながらして、人に笑われてしまうことを職業にするプロのことです。しかし、まあ、最近のお笑い芸人さん、とくに日本のそれは学歴が高くなったのかどうか知りませんが、自分が笑われるよりも身近な他人を笑い者にして受けを狙うパターンが多いですよね。
2009年のイギリス映画「笑いながら泣きやがれ」は、しがない地下パブのショーで食いつないでいる三流コメディアンを主人公にしたヒューマン・サスペンス。こころ温まるヒューマンドラマと、こころ青ざめるサスペンスとが結びつくとしたら、それは涙と笑いとをごたまぜにするしかないのでしょうか。
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スコットランドの場末。別れた妻には愛娘を奪われ、借金で首が回らないコメディアンのジョーイは、日々、コカインで気を紛らわしては舞台に立つ。人生崖っぷちの彼には恐れるものなく、毎度まいど、日常の憂さ晴らしに周囲をコケにしたネタを披露しては場末の観客を笑わせていた。ある日、家賃の滞納をめぐってアパートの大家とひと悶着し、それをネタにした寄席を披露したのちに、傷害罪で逮捕されてしまう。行く宛のないジョーイがたまたま頼ったのは、かつて士官学校で共に学んだという旧友のフランクだったが…。
イギリス系のコメディアンといえば、高学歴で上質、体当たり演技という先入観があっただけに、スコットランドといういわくつきの場所を舞台にして、冒頭からシモネタ満載台詞のオンパレード。とにかく、主人公がほんとうにだらしない。だが、どこか芯まで憎めない気がするのは、主演俳優のスティーヴン・マッコールなる人物が、さほどやさぐれた風貌ではないせいなのかも。
傷害罪で外出禁止令が出されているにもかかわらず、フランクはジョーイを車で連れ回す。向かった先は、かつての士官学校の教官が収容されている老人ホーム。いまは認知症の老人になったもと教官を誘拐も同然にやりかたで拉致したフランクに、不審の念を拭いえないジョーイ。フランクの目的は、もと教官に恥辱を下されたことに対する復讐だったのですが、ジョーイにはなぜか、その記憶がないばかりにいまいち乗り気になれないまま。逃げ出したジョーイに業を煮やしたフランクは、なんとジョーイの愛娘を人質とすることでジョーイをおびき寄せようとします。
はたして、狂気に満ちたフランクの真の目的は、ただ旧交をあたためあって、ともに鼻持ちならぬ教官に鉄槌を下そうということだけではありませんでした。土壇場で老教官が記憶を思い出すことによって、ジョーイが忘れ去っていたはずの凄惨な事実が明るみになります。そのとき、血まみれになりながら、心身ボロボロになりながらも、笑いとも泣いているともつかない顔つきでジョーイがくだす決断に、静かな一場面ではありますが、胸揺さぶられることでしょう。
ジョーイは事件後、その出来事の一端を自虐的なネタとして披露することで乗り越えていくのです。じっさいのところ、他人から後ろ指刺されながらの人生を笑い飛ばすことで生きながらえてきた彼には、すでにそうするしかなかった。笑いこそが最大の武器である、それがあるからこそ前向きに生きようとする、ジョーイの生き方がはっきりと提示された時に、権威に踊らされ、二十数年も過去にもがき苦しみ、今さらになって反抗することしかできないフランクのほうが、当初の強面ぶりとは逆に、いかにも小さく脆い存在に見えてしまうという、この逆転劇がおみごと。そして、人道にももとる教官には、ジョーイもフランクも手を汚さずに、それなりの裁きが下されるラストが溜飲を下げてくれますね。
監督はジャスティン・モロニコ。
英国アカデミー賞スコットランド最優秀映画賞受賞作。派手な演出も胸に突き刺さるような音楽もなく、有名俳優がキャスティングされているわけでもないけれど、印象に残った良作といえますね。
(2012年11月12日)