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Channel: 陽出る処の書紀
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仕事のために死んではいけない

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70年前と違って、この国では戦争で命を落とす可能性は低い。
しかし、生と死はつねに隣り合わせ。生きるために選んだ職業が、かえって、自分の寿命を縮めることになったら、遺族は浮かばれません。

労働災害や過重労働で亡くなった方々を追悼する「産業殉職者合祀慰霊式」が、東京八王子市のとある霊堂で2017年10月、執り行われたとのこと。戦後まもなく1947年以後から労災で認定された死亡者およそ25万人の名が刻まれ、昨年度、あらたに認定された3000人超も追加されました。この慰霊式に参列されたのは、つい先日、電通違法残業事件で被害者だった、女性新人社員の母親。「仕事で命を落とすことがない職場づくりを」との悲痛な思いは、現役の働き盛り世代にも響いたことでしょう。

判決では、電通の悪質な長時間労働が争われ、労働基準法違反として罰金50万円の申渡し。自殺した被害者女性は、上司によるセクハラ発言もあっての精神的苦痛があったはずですが、そこは論点になってはいません。被害者母親も慰謝料請求の裁判は起こさないのか、企業に対する社会的制裁としては低すぎるのはないか、という印象を受けます。

日本の過剰な顧客本位の姿勢は、世界でも愛される高品質のサービスを生んできました。その代償として、過酷な労働や不当な残業を社員に強いてきました。ストレスが溜まって、管理職が部下を虐めたり、新人を育てられなかったりする。若者の働く姿勢が甘い、ゆとり世代は怠け者、という意見もありますが、ワークライフバランスのとれない生き方はもう時代遅れ。正社員と同じ責任を持たせた業務なのに、非正規に据え続けることで将来を悲観し、結婚も育児にも希望がもてず、親の介護で離職してしまい、そのままドロップアウト。若い人でも祖父母の介護要員にされて、同年代から比べたらキャリア育成が遅れてしまう。これは、どんな年代にも起こりうるリスクです。非正規の低賃金でもいいから働きたいという人が殺到してしまうから、こうした企業は甘えて待遇を良くしない。結果、魅力的な中小企業もあるのに求人募集しても、ひとが集まらずに困っているのです。

若い時には、入社した会社の知名度が高く、また職種が魅力的であると、その仕事が人生のすべてであると思いがちです。そこで結果を出せない自分は、落ちこぼれで生きている価値がないと思い込んでしまう。でも、仕事だけがあなたの代名詞ではない。

いま、高度で誰にもまねできない専門職というのは、20年後もそうであるとは限らないですよね。士業の資格で開業してもうまく行かない人もいますし、新しいビジネスモデルを開拓して儲けても、すぐライバルが似たような安価なものを出してくる。今の安定は、明日もそうではない。マスコミや金融機関もかつては花形だったけれど、今は評判が悪いですよね。

私と同年代の就職氷河期、もしくはリーマンショック時の大卒者・院卒者で就職先に恵まれず、有名な大企業や公法人、自治体役場に非正規もしくは派遣で勤めている人がいます。お給料はかなり低いですが、組織のネームバリューがあるので、そこに勤めていると親が喜ぶから、と口を揃えていいます。有休休暇も取得しやすく、福利厚生も充実。本人もバックボーンの大きさにあぐらをかいているふしがある。しかし、非正規はつねに人員削減をおこなっていますから、立場が弱く、部署によっては業務過多になっていて人間関係が最悪なんだそうです。制度上、正社員・正職員への道は開かれていますが、正社員以上のスキルを要求されることが多い。公法人や大企業の個人情報流出や手続きの失態などがよくニュースに上りますが、これも法律事項や制度改正、社会情勢をきちんと理解していないまま口伝えで業務をルーチンで回しているだけの、非正規社員に業務を丸投げしているせいでもあります。

平成28年賃金構造基本統計調査は、年齢、性別、学歴、産業別ごとに賃金の平均値を求めたもの。雇用形態間賃金格差において、正社員・正職員以外では、男女差も年齢差もなく、年収がつねに200万前後に抑えられたままとなっています。私の住む地方自治体は有期雇用の職員を定期的に採用しています。ハローワークの求人検索をかけると、月給は13万円ぐらい。手取り10万あるか、ないか。それでも大卒者が多く応募してくるそうです。私が文化系研究職を目指すのをやめたのは非正規募集(しかも全国で)が多くて、30歳になっても親に頼らないと暮らせない人を見てきたからです。大学も学校も教員は非常勤で、アカデミックポストは少ない。自治体の運営も財政難ですから、こうした人件費削減の流れは止まらないでしょう。学生をしながら、もしくは主婦のパート感覚の勤務ならいいですが、副業も禁止されていますし、お役所などの事務スキルは、民間企業(公務員の正職員採用試験でも優遇されたりはしない)ではあまり評価されない。職業の体裁の良さや組織名に依存したまま非正規でずるずる働くと、キャリア育成の機会を失います。

しかし、またいっぽうで、中小企業正社員も安泰とはいいがたいところですね。
経費削減のために、不当なサービス残業を強いることもありえます。労働基準法の何たるかも知らず、社員とコミュニケーションとれたら納得してくれるはずだと勝手に思っている社長さんも多い。一人がこなす業務が多いので、多様なスキルが身に着くのは事実なのですが。法律で規定されている深夜手当や休日手当、時間外手当がつかない業種もあって、雇われ人は自分の働く権利ばかり主張するな!と経営者が傲慢に思っていたりします。働く喜びがどうのこうの、という仕事の哲学は大事なんですけど、くどくど説教する前に社長さんのロスタイムを減らしてほしいですよね。人が逃げる会社は、たいがい、経営者の声が現場に届いていないんですよ。社是を掲げてあるけれど、行動が離反しているから、社員から煙たがられています。

私の住む地方でも、人口減少しつつあるのに、大型ディスカウントスーパーやコンビニが乱立しています。競争で価格が安くなるのはいいけれど、従業員のお給料は上がらない。そして、出店したと思ったら、数年後には不採算でそっくり消えている。日本の産業構造はいびつになっています。コンビニなどに開発せずに、農地や山林を自然そのままに活かすビジネスをしたほうが食料自給率も上がり、国内で質のいい木材を確保できるし、川や海の水質管理もできるし、外来種生物の繁殖も防げるかもしれない。けれど、メディアだのカルチャー産業だのを優遇し過ぎたせいで、みんな汗を流して働くような仕事を嫌がっています。PCやスマホとにらめっこして、年中SNSに追われているので、うつ病になり医療費もかかってしまいます。

過労で心身を壊して再起不能になる前に、仕事から、会社から離れてもいい。
ただの個々人の人間関係のこじれに片付けないで、あきらかに違法性があるような業務の押し付けや職場いじめなどのパワハラについては、労働基準監督署も対応にあたり、公共職業安定所もそのような企業の求人については制限をかけてほしい。税金をしっかり払っているのに、国が、お役所が、働く人を守ってくれないなんておかしいではありませんか。怠けて働かない人ばかりが楽をするのは許されないけれど、政治家の皆さんは、経済界の言いなりにはならずに、もっとひとりでも多くの国民が、健康で末永く元気に、明るく、働いていけるように取り組んでいただきたいもの。…と叫ぶのはいいけれど、実行は難しいんです。いろんな企業風土がありますから。

働くことについては、多くの人が悩んでいます。
正社員・正職員として働けば時間外労働が多い。非正規としてなら定時に帰れるが、業務の管理責任能力は育たず、生涯賃金は低いまま。正社員の賃金を下げて格差をなくそうにも、彼らにだって、養うべき家族がいる。特別な事情があってフルタイムで働けない場合や配偶者の扶養になれる場合などを除き、現在の非正規社員や派遣社員はあくまで一時的な働き方ととらえて、しかるべきときに、中小企業へ正社員として転職するのが望ましいのかもしれません。中小企業も、従業員の育児・介護休暇、看護休暇の取得の充実、有休休暇の消化しやすさなどが課題となりますが、経営が苦しくて、従業員の生活が犠牲になりがちに。

いずれにせよ、助成金を不正に受給する、社員を死なせ、不当にその労働力を搾取して、人間として壊すような会社や組織に未来はありません。



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